説得型スピーチ構造用紙(2)|聴衆を包み込む「同一化」で聴き手を味方に
「このひと、なかなか分かってる!」と思わせるスピーチ技術

聴衆を目の前にすると、まるで敵陣に一人で乗り込んだかのような「冷たい視線」感じますよね? ここで紹介する「同一化」を活用すれば、そんな冷たい視線を穏やかなまなざしに変えることができます。聴衆を包み込む一体感を高めるテクニックが同一化。その使い方に隠された秘密をお教えします。
聴衆との共通点を探し、声と表情で訴えるのが同一化。
過去記事で紹介した「説得型スピーチ構造用紙」には、上から3つめの「問題の概要」(Problem Outline)に四角形で囲まれた"特別な余白"があります。ここに記入するのが、構造用紙の秘密ともいえる「同一化」。これは聴衆との心理的な距離を縮める、スピーチのテクニックです。
同一化(identification)は、スピーチコミュニケーション研究における、聴衆を味方につけるための重要なレトリック(修辞技術)のひとつです。同一化は、聴衆と話し手を「同一視」し、共通点を探してはっきりと伝えることで、聴衆に『このスピーカーは私のことを分かってくれているな』と感じてもらうための技術です。
この同一化は、皆さんも既に使っているかもしれません。聴衆への挨拶で口にする、「こんな暑い日に、わざわざ電車に乗ってお越しいただき、本当に感謝しています」という言葉も、実は同一化の仲間です。この言葉をコミュニケーションの観点から分析すると、次の3つの意図が読み取れます。
- "暑い日"という過酷な環境を、聴衆と話者が共有している事実を伝える。
- 手間のかかる電車の移動をしてくれたことを申し訳ないと訴える。
- 上記の(1)(2)から、本当に感謝を伝えたいという誠意を示す。
この言葉を「誠実な言葉遣い」と「誠実な表情」で伝えられれば、この(1)(2)(3)が同時に作用することで、聴衆は「優しいスピーカーだな」「いい雰囲気だな」と感じ、態度を軟化させます。これが同一化の基本的な作用です。
反発を和らげる!説得型スピーチの「同一化」具体例
では、聴衆に寄り添う「同一化」を、説得型スピーチや、説得を目的としてプレゼンテーションで応用してみましょう。
説得型スピーチは、聴衆の考え方や行動に変化を促す性質上、聴衆の現状を否定的に訴える場面が登場します。過去記事「英語スピーチにおける「怒り」の効果的な使い方」で説明したように、まっとうに怒ることは何も悪くありません。しかし批判ばかりされては聴衆はうんざりするでしょう。
そこで「同一化」の出番。説得型スピーチにおける同一化の基本は、まず「自分の主張の反対意見に理解を示すこと」です。たとえば「公園での喫煙」という社会問題についてスピーチする際を考えてみます。話者が「迷惑だ!」「子どもの事も考えろ!」「後始末が不十分!」「中高生に悪影響だ!」などと立て続けに訴えれば、愛煙家は間違いなく心を閉ざしてしまうでしょう。
ですから、「説得型スピーチ構造用紙」の「(3)問題の概要」のあたりで、愛煙家と自分との「共通点」を探り、それを語るのです。例として次の3つの「同一化」にある表現の温かさ感じてみてください。
- 聴衆が抱える不便さに理解を示す。
「公共の場所でどんどんタバコが吸えなくなり、愛煙家の皆さんが不自由な思いをされていることは、誰もが理解しています。」 - 自分とは異なる習慣にも共感する。
「忙しい仕事の合間の一服が、どれだけリフレッシュできるか、喫煙者ではない私にさえも、よく理解できます。」 - 個人的な共通点を探して語る。
「実は私の父も愛煙家なんです。ですから、タバコには、単なる「喫煙」以上の意味があることを知っています。」
話者が聴衆の気持ちを理解していること、あるいは話者と聴衆の共通点を、しっかり言葉に出して伝えていることが分かるでしょう。このひと言が有るか無いかで、その後の「批判」に対する聴衆の態度が変わることは想像できるはずです。
言葉だけではない、本当の誠実さを伝えるのが鉄則。
聴衆を味方につける「同一化」のテクニックも、小手先だけの言葉では逆効果です。白々しい同一化は、話者の信頼性(エトス)を傷つけます。同一化のような技術を使う際には、かならず誠実な語りを心がけてください。
誠実であれば、それには必ず柔らかい表情が伴います。もちろん、声のトーンも自然と連動するはずです。「自分と異なる意見に理解を示す」ことは大切ですが、その言葉に込められた聴衆への思いやりはウソであってはいけません。
最後に、蛇足かとは思いますがひとつ注意点があります。それは、同一化をやり過ぎると「自分の本来の主張」が曖昧になり、「この人は結局どっちのスタンスなんだ?」という疑念を聴衆に抱かせてしまうリスクがある点です。何ごともバランスが大切。同一化を活用して聴衆との信頼関係を築きながら、あなたのメッセージをしっかり届けましょう。
著書『すぐに使える ビジネス英語スピーチ100』(Tip 4)では、同一化の使い方をふたつに分類し、さらに詳細に説明しています。関心のある方はぜひご覧になってみてください。
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