英語弁論大会の審査員が感じる「終わりが見えないコース料理」の不安
次々に新しい話題が登場し、到着地点が見えないスピーチに注意。

コース料理が次々に運ばれてくるのはワクワクします。しかし、その終わりが見えなかったらどうでしょうか。そのワクワクは急に不安に変わります。英語スピーチにおいても、次々と新しい論点や論証材料が飛び出すと「この話はどこまで続くのか」という不安を感じます。料理もスピーチも適量が肝心。さらには登場するタイミングも大切です。
審査員の不安1:主題と関りが薄い話題の登場が続くとき
スピーチコンテストの審査員をしていて楽しいのは、それぞれのスピーカーが、どんな趣向を凝らしたストーリーでワクワクさせてくれるかの期待を感じる時です。
あるスピーチを聞いている時、主題とは関わりが薄いと感じられる「新しい論点」(new argument)が登場すると、通常は、それが何らかの形で主題に結びついていくのだろうと予測します。しかし、時折それが主題に回帰しないまま、また別の新しい話題が登場することがあります。これは審査員を不安にします。
過去記事「英語スピーチやプレゼンテーションでは「起承転結」を避ける」で説明したとおり、スピーチに「転」は不要です。スピーチにおいて、本題との接点が薄い「新しい論点」を持ち出す場合には、速やかに話題のフォーカスを主題に戻さないといけません。そうしないと、その話題は「転」のような位置づけで認識されてしまいます。
また、連続して主題との関りが薄い新しい話題が登場するのは、終わりが見えないコース料理が次々提供されてくるような不安を覚えます。簡単にいえば「これは何?」「この次は何が来るの?」「いつまで続くの?」といった不安です。
その時、審査員は「この話は一体どこへ向かうのか?」「この論点は、メインテーマとどう繋がるんだろう?」といった疑問を抱き始めます。要は、どんどんテーブルの上で増えていく料理を見るかのように、多くの情報を処理できない「微妙な心理状況」に陥るわけです。
関わりが薄い新しい話題を持ち出すときは、その話題がどう主題に接続するか(すなわちメイントピックとの関連性)を早めに示すことが大切です。そうすることで、「新しい論点」ではなく「主題に関連する話題」として、話の流れがひとつの軸に収まります。
審査員の不安2:次々と論証材料が登場するとき
説得型スピーチにおいて、論証材料を提示することは不可欠の要素です。ただし、論証材料が次々に登場すると、「論証を必要とした元々の意見」との接点が増えすぎて「論証関係」が描きにくくなり、審査員は不安を覚えます。
説得型スピーチで論点を論証する場合、その論証材料は一つか二つで十分です。過去記事「説得型スピーチ構造用紙|連続入賞を達成する基本的枠組み」にある「論証材料の数」も、基本は2つです。裏を返せば、適切な論証材料で聴衆が納得に至れば、それ以上は"過剰な情報"になります。過剰な論証材料が提供されると、審査員は「まだ出てくるの?」という不安を感じるのです。
コース料理も同じで、ある程度満腹になれば、それ以上は食べられません。誰しも「どの程度の料理が出てくるか」は大まかな推測ができますが、実際にそれを上回る料理が次々とテーブルに運ばれると不安になるものです。
必要以上の論証材料を提供する行為もこれに似ています。ほどほどの分量を適切なタイミングで示す。これが大切です。
審査員は多くの経験に基づき、全体像を瞬時に推察します。
スピーチコンテストでは通常、制限時間があります。審査員は、スピーチのイントロ部分(第1~2段落)を聞き、制限時間を考慮して、どのような話題展開になるかを経験に基づいて推察します。
その推察を大きく外れる量の「新しい論点」と「論証材料」が出てくると、「このスピーチは最終的にまとまらないんじゃないか?」という不安を覚えるわけです。そしてまた、とても残念なことに、その不安は多くの場合、的中します。
聴衆は、メニューの予告なく登場するコース料理を食べているような状況にあります。すべてを想定の枠内に収めることが優れているとは言いませんが、ある程度の範囲内で「新しい論点」と「論証材料」を調整することは、結果的に聴衆にとっての理解のしやすさ(スピーチへの追従性の向上)につながります。
思いのほかコース料理の品数が多く登場してくると、喜びよりも「事前に知らされていればもっと楽しめるのに」という残念な気分になるものです。消化不良になってがっかりするのは、英語スピーチもコース料理も同じ境遇にあることを、ぜひ覚えておいてください。
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