コンテストで入賞できなかった経験を学生に失敗として認識させるべきか

伸びしろがある学生には失敗を直視させる価値がある

※これは教員向け(教え方)の記事です。

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スピーチコンテストやプレゼンコンテストは、その挑戦プロセスを通じて学生が成長する貴重な機会です。一方、他者との競争で白黒の結果が明確になる場面でもあります。入賞できなかった学生を励ますのは教員の重要な役目ですが、今後の成長の伸びしろがある学生に対しては、それを失敗として認識させる価値があります。

励ましの言葉だけで終わるのが十分かを考える

指導した学生がコンテストで十分な成果を達成できなかったという経験は、教員なら誰しも共有していることでしょう。期待を寄せてきた教員にとっても残念な結果ですが、最もショックを受けているのは学生本人です。指導者として、まず精一杯の励ましをするのは当然のことです。

教員からの心のこもった励ましや、これまでの努力を称える言葉は、大きな挑戦を終えた学生にとっては心の救いになります。しかし、その言葉を掛けるだけで指導を終えるのは、学生にとって望ましいことでしょうか。

これまでの練習指導を通じた改善が不足していた点や、大会当日の映像から感じ取れた相対的/絶対的な課題は、教員には見えているはずです。これらをきちんと本人に伝えるべきか、あるいは「励まし」のレベルで留めるべきか。この悩ましい選択を判断する基準は「本人の伸びしろ」にあります。

「本人の実力」×「練習意欲」=「伸びしろ」

スピーチにおける「伸びしろ」は、本人の実力と練習意欲の掛け算で決まります。どれだけ実力があっても、練習意欲が無ければ伸びしろはありません。逆に、燃えるような練習意欲があっても、実力が伴わない場合は、コンテストで結果を残す可能性は低くなります。

この「伸びしろ」がある学生には、ぜひ「今後どうすべきか」を適切に伝えるのが望ましいです。入賞できなかったという事実を、単なる不運や結果論として片付けず、将来に向けた「改善可能な失敗」として定義することに前向きな意味があるからです。

あくまでも学生自身が、失敗は失敗として認めたうえで、これまでの自分と向き合って反省する時間を持つことが大切です。こうした姿勢は、努力する学生にとっても、指導する教員にとっても重要なことです。響きの良い「励まし」だけでは、その場の負の感情を取り繕うだけになりかねません。

伸びしろのある学生には、教員が率先して「今後に向けた課題」と「努力の方向性」を示すことが大切です。教員からの具体的な助言があって初めて、「コンテストに出場したが惜しくも入賞を逃した」という経験が、真に「成長の糧」となるのです。

励ましか指導かの選択は教員自身の覚悟も問われる

学生の今後の伸びしろに期待して「今後の課題」を示すなら、教員にはその努力を支える覚悟が求められます。「自分で努力しなさい」と「一緒に頑張りましょう」では、学生が受ける印象はまったく違います。学生が再挑戦しやすい環境を整えなければ、伸びしろが本来持っている可能性を発揮できません。

逆に「伸びしろ」が曖昧な学生に対しては、教員が一方的に課題を示し叱咤しても、学生と教員の双方にとって望ましい結果をもたらさない場合があります。コンテストに向けた伸びしろを決めるのは、本人が示す「実力×意欲」の冷静な掛け算によるからです。

コンテストの残念な結果が「今後の改善につながる」か、あるいは「単なる経験で終わる」かを判断するのは、冷静な掛け算に基づく教員の愛情です。どちらになっても、学生の将来に資するよう、学生に寄り添いたいものです。


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