違う速さで歩けば違う景色が見える、というスピーチの盲点。

人生を歩く速さは、スピーチの言葉選びに影響する。

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同じ駅まで歩くだけなのに、見える景色は人によって違います。新しいお店を発見する人、ユニークな看板を見つける人、小さな草花の成長に気づく人。これらは「歩く速さの違いによって、見えるものが違う」という、当たり前の教訓を示しています。スピーカーは、自分が見ている景色や視点を当然と思わず、意識的にモノの見方をコントロールして聴衆が見ている景色を探ろうとする人でなければなりません。

人は「見ようとするものだけが見える」性質がある

スピーチやプレゼンの練習をしているけれど、なぜか自分の主張が聴衆に響いていないと感じることはありませんか? そんな時は、聴衆と自分が見ている(あるいは見ようとしている)景色がそもそも違う可能性があります。

認知心理学の用語に、選択的注意(selective attention)という言葉があります。端的にいえば「人は自分が見ようとするものだけが見える」ということです。何かに強い注意を払う時も、何気なく何かを見つめる時も、その「気の向け方」が物事の認知に影響を与えるという事実を、まずは知っておきましょう。

駅まで歩くだけの例を振り返れば、単に徒歩5分の距離においても、非常に多くの情報があります。それらすべてを脳が認知して処理することは不可能です。ゆえに、自分が見ているものを見たものとして処理する特性は、きわめて合理的であると言えます。

聴衆に歩調を合わせる気持ちがスピーチの展開を変える

具体的に検討すると、駅まで歩く時でも、歩く速度によって何が見えるか(厳密には「何を見ようとするか」)は人によって全く異なります。ここにスピーチの盲点があります。「駅までの道を歩いているのだから、誰しも同じ景色が見えているはず」、すなわち「同じテーマを議論しているのだから同じ土俵で検討できている」と感じるのは錯覚です。

過去記事「アスファルトが平坦に見えたら立ち止まる」では、生活に小さな変化を与えることが、説得の糸口を導くことを紹介しました。歩くスピードを変えてみるのもそのひとつです。聴衆の価値観は、聴衆の人生に根ざしたものです。聴衆の生き方そのものに興味と注意を払い、聴衆と同じ歩調で歩いてみて初めて、見える景色があるはずです。

そんな小さな配慮を心掛けるだけで、聴衆が抱えているであろう疑問や関心事に先回りして気づき、解決策を提示できることがあります。聴衆がどんな人生を送ってきたのか。またこれからどんな人生を送るのか。そんなことを考えてみると、今よりももっと聴衆の関心に寄り添った話ができるスピーカーになれるはずです。

聴衆が歩んでいる人生への想像力を働かせ、彼らがスムーズに理解できる速度(ペース)や程度(レベル)に合わせて話を運ぶことは、スピーチにおける基本的な心構えです。

単なる意識から日々の行動へと結びつける習慣を

「気持ちのすれ違い」や「価値観の相違」といった言葉がありますが、これらの原因が、聴衆との歩調の差にあることは意外と知られていません。これはスピーチにおける「盲点」ともいえる部分です。

さらには、聴衆と同じ速さで人生を歩んでみる大切さを「感じるだけ」の人と、「実際に同じ歩調で歩こうとする人」の間には大きな隔たりがあります。英語スピーチやプレゼンテーションで、しっかり練習しているのにどこか聴衆との一体感に手応えが得られないときは、聴衆の歩く速度に注意を向けてみましょう。

まずは今日から、少しだけ歩くスピードを変えてみる、といった小さな変化を試してみませんか。そうすれば見える景色は変わります。速度を落とせば今まで見えなかったものが見えます。逆に速度を上げれば遠くのものも近くに見えるでしょう。聴衆が見る景色を尊重した行動力があれば、聴衆と同じ視点で語れる確率は格段に上がります。


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